橋本國彦の交響曲 3

さて今回は交響曲第二番を紹介する。リンクの演奏は湯浅卓雄指揮、東京藝大フィルの演奏である。初演は日本国憲法の制定のための祝賀会においてなされた。それ以来眠っていたこの曲は1996年に新交響楽団により再演されたらしい。再演に至る過程はこちらこちらに詳しい。

今更私が紹介するまでもない気もするがしかしとても感動した曲なので書かずにはいられなかった。戦争の悲惨さを感じさせない、しかし全く祝賀的でないこの作品はどこまでも懐古的で内省的。全体を流麗な旋律が覆い、当時盛んだったはずの十二音だのセリーだのと言った技法は一切登場しない完全な調性音楽である。彼自身戦時下において個人的に十二音技法を使った曲も作っていたそうなのだがその影響は全く見られない。ロマン派の時期のフランスの作曲家といった感じがする。

この曲は底のない明るさに包まれている。それに加えて抒情性が並外れている。たまに見せる憂愁もすぐに作曲家のお道化にかき消されてしまう。儚さこそ全てとでも言いたげである。この曲には堅牢な構築性など全くと言っていいほど感じられないが尽きることのない旋律美と純真な感性がこの曲の、まさに主題となっている。

曲は序奏なしに突然流れるような旋律が奏でられる。第一主題は明朗で抒情的である。弦楽器により奏でられる優し気な旋律は家庭的だ。古い映像に残る昔の日本人の子供の今と変わらぬ微笑みが頭の中を交錯する。甘い母の思い出、甘い祖母の思い出、読み聞かせてもらった本のページが流れ去ってゆく。確固たる形はないけれどその残像はかえって具体的である場合よりも印象的なのだ。

第二主題は躍動的なものだ。ここの楽想は多少貧弱な感じもするが何度も押し寄せる歓喜、期待を感じることができる。そして橋本はわずかな悲しみをもっておどけて見せるのだ。

第三主題は全曲を通じての白眉である。ホルンによって奏でられるこのメロディーは切なさをそのまま音楽化したかのようなものだ。しかし橋本はいつまでも私たちに感傷に浸ることを許してはくれない。すぐに明るい場面へと転換してしまう。

第一楽章は正に儚さを具現化したような曲なのだ。中間部僅かに疾走感とともに盛り上がる場面があるが発展しきらずにおちゃらけて終わってしまう。劇的な音楽描写を嫌悪していたのではないのかと思わせるほどの諦観にも似た潔さである。もちろん同じような音楽が繰り返されるからと言って管弦楽法の巧さによって飽きることはない。すっと口の中を溶けてゆく砂糖のような音楽である。

ただ一楽章を聴き終わった後にかなりの充実感が得られるので何とも言えない深みがあることは間違いない。

第二楽章は快活に始まる。この楽章も基本的に明るい。そして祝祭的な雰囲気もなければ情熱もない。高山植物のような可憐な音楽が続く。これほどまでに世相を反映しない音楽があってもよいものかと私は驚かざるを得ない。道化のようですらある。それともこれが彼なりの平和への祈念であったのだろうか。悲惨さではなく美しさを強調することによって祈りを捧げているのかもしれない。あまりの美しさは凄惨な運命を予感させるものとして人に不安を与える。

第二楽章は三つの場面に分けられるらしい。一つ目は変奏曲、二つ目は緩慢楽章、三つめはエピローグらしい。これにより四楽章構成のようになっているのだそう。しかし内容的には一楽章の比重が重すぎて二楽章全体がエピローグのような感じすらする。

変奏の主題は大変明るく行進曲風だ。弦楽のみで演奏されることもあり上品である。変奏は技巧的なものから抒情的なものまで様々だ。ふざけて見せた(遊んで見せた)かと思うと急に熱っぽくなったりなど聴いていて飽きない。

第三部からフィナーレまではあっという間だ。少し過去を省みたかと思うとまるで光に包まれたかのような荘厳な結末を迎える。荘厳とはいってもドイツ音楽に見られるような重厚感あふれるものではなく橋本流の潔さがあり諧謔的ですらあるように思われる。F‐durの和音が響き渡る中全てのものは光に包まれ昇天してゆく。ある意味仏教的ですらある。

これが初演された時の聴衆の反応はどのようなものだったのだろうか。ここまで明るい音楽を聴かされてはいかに魅力的な旋律に溢れていようとも混乱したのではないか。それから演奏会に立ち会っていただろう米兵の感想も聞いてみたい。彼らは単調で退屈な音楽だと思ったのだろうか。それとも日本の美的感覚に戸惑ったのだろうか。はたまた戦争で打ちのめされた日本からこのような純朴な音楽が出現したことに驚いたのだろうか。真相は誰にもわからない。当時の様子を記した文章など知っている方がいらしたらぜひ私にも教えていただきたい。

投稿者: yonekura53

こんにちは、米倉と申します。海老名鰹だしとも申します。クラシック音楽と旅行好きの大学生です。

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